リスク中立確率、状態証券価格、確率的割引ファクターの関係



本記事の目的と対象

本記事の目的は、ファイナンス・金融経済学において重要な概念であるリスク中立確率・状態証券価格・確率的割引ファクター(プライシング・カーネル)がどのような関係にあるかを整理することである。

対象者は以下の条件を満たす読者である。
  • ファイナンスを学んでおり、基礎概念の整理をしたい
  • リスク中立確率・状態証券価格・確率的割引ファクター(プライシング・カーネル)という言葉を聞いたことがある
  • 効用最大化問題について聞いたことがあり、金融経済学に興味がある

本記事の内容は下記書籍の内容を参考にしているため、合わせて参照してほしい。

目次


完備市場の仮定と状態証券価格

まず必要な用語を導入しよう。

経済の不確実性は“state of nature(自然の状態)”によって表され、これを\( s \in \left\{1, 2, \cdots, S \right\} \)で示す。時点\( 1\)(将来時点)においてこれら状態のいずれか一つが実現するが、何が実現するかは時点\( 0\)(現時点)ではわからないという意味で、この経済には不確実性が存在すると考える。

状態\( s\)が起こる実際の確率を\( p_s\)と表す。

次に状態証券を定義する。状態証券とは、状態\( s\)が起こった時に\( 1\)円を支払い、他の状態が起こったときには何も支払われないような証券のことである。第\( s\)状態に対応する状態証券の価格を\( \pi_s\)と表す。

状態証券価格を状態の番号順に並べた状態証券価格ベクトル\( \bf{\pi}\)が一意に存在し、これら状態証券が売買可能であるような市場を、完備市場という。
\[ \begin{split}
{\bf \pi}=\left(\pi_1, \cdots, \pi_s \cdots, \pi_S\right)
\end{split} \]

さて、時点\( 1\)において以下のようなキャッシュフローをもたらす証券の価格\( Z_0\)について考えてみよう。
\[ \begin{split}
\left(Z_1, \cdots, Z_s, \cdots, Z_S\right)
\end{split} \]
各状態\( s\)において証券\( Z\)と同じキャッシュフローが得られるように、時点\( 0\)で状態証券を買い揃えておくことを考える。つまり、状態\( s\)において\( Z_s\)円が得られるよう、第\( s\)状態証券を\( Z_s\)枚買っておく。これを全ての状態について行う。

一物一価、すなわち「将来同じキャッシュフローをもたらすような2つの証券は、現在において価格が等しい」という原則に則れば、
\[ \begin{split}
Z_0=\sum_{s=1}^S\pi_sZ_s \end{split} \]が成り立つ。これを状態証券価格による資産価格公式と呼ぶ。
状態証券ベクトルは一意に存在するので、完備市場においては任意の証券の価格はただ一つに決まる。
もう一つ特別な資産について考えよう。将来において
\[ \begin{split}
(1, \cdots, 1, \cdots, 1)
\end{split} \]
という確定したキャッシュフローを(リスクなしに)生む証券を安全資産と呼ぶ。安全資産の価格\( D\)は、
\[ \begin{split}
D=\sum_{s=1}^S\pi_s
\end{split} \]と表せる。
安全資産は、時点\( 0\)で証券を購入し(資金を支出し)、時点\( 1\)で\( 1\)円のキャッシュフローを生む(返済を受ける)ので、一種の貸付とみなせる。したがって、金利\( r_f\)を用いて
\[ \begin{split}
D=\sum_{s=1}^S\pi_s=\frac{1}{1+r_f}
\end{split} \]と表せる。

状態証券価格とリスク中立確率の関係

状態証券は将来\( 1\)円または\( 0\)円を生む証券の現在の価格なので、任意の\( s\)に関して \[ \begin{split} \pi_s>0 \end{split} \]である。

状態証券価格を\( \sum_{s=1}^S\pi_s\)で割り正規化すると
\[ \begin{split} 0<\frac{ \pi_s}{ \sum_{s=1}^S\pi_s}<1 \end{split} \]が成り立つ。

ここで\[ \begin{split} q_s=\frac{ \pi_s}{ \sum_{s=1}^S\pi_s} \end{split} \]とおくと、\( q=\left( q_1,\cdots,q_s, \cdots,q_S\right)\)は確率の性質を満たすことがわかる。

この確率をリスク中立確率とよび、資産価格に関する以下の等式を満たす。
\[ \begin{split} Z_0&=\sum_{s=1}^S\pi_sZ_s\\ &=\sum_{s=1}^S\left\{ \left({\sum_{i=1}^S\pi_i }\right) \frac{ \pi_s}{\sum_{i=1}^S\pi_i }Z_s\right\} \\ &=\sum_{s=1}^SDq_sZ_s \\ &=\frac{ 1}{1+r_f }E^Q\left[ \tilde{Z}\right] \end{split} \]
この等式はリスク中立化法による資産価格公式と呼ばれ、\( E^Q\)はリスク中立確率\( q\)の元での期待値であることを示している。

状態証券価格\( \pi_s\)とリスク中立確率\( q_s\)の関係式を再掲すると、以下である。
\[ \begin{split} q_s=\frac{ \pi_s}{ \sum_{s=1}^S\pi_s} =\left( 1+r_f\right)\pi_s \end{split} \]一般に、ある資産価格\( X_0\)に対して、\( \left( 1+r_f \right)X_0\)を先渡価格(フォワード・プライス)と呼ぶことから、\( q_s=\left( 1+r_f \right)\pi_s\)という関係は、リスク中立確率は状態証券の先渡価格に等しい、と解釈できる。

代表的投資家の期待効用最大化問題と確率的割引ファクター

市場に以下の期待効用関数を最大化する代表的投資家が存在すると仮定する。 \[ \begin{split} E\left[U(C_0)+\delta U(\tilde{C})\right]=U(C_0)+\sum_{s=1}^Sp_s\delta U(C_s) \end{split} \]
この投資家は、時点\( 0\)において賦存量(労働所得など)\( Y_0\)を得て、この資金の中から証券\( Z\)を\( A\)単位購入し、残りを時点\( 0\)における消費に回すものとする。 \[ \begin{split} C_0&=Y_0-AZ_0 \end{split} \]
また、時点\( 1\)においては賦存量\( Y_1\)を得て、保有していた証券\( Z\)からキャッシュフローを得て、それらの合計を消費に回すものとする。
\[ \begin{split}C_s=Y_s+AZ_s\left(\forall s \right) \end{split} \]
これらの式を、最大化する期待効用関数に代入すると \[ \begin{split} U(Y_0-AZ_0)+\sum_{s=1}^Sp_s\delta U(Y_s+AZ_s) \end{split} \]
が得られる。

この投資家は証券\( Z\)の保有枚数\( A\)を制御することで、上記の期待効用を最大化する。したがって、\( A\)に関する一階の条件から \[ \begin{split} -U'(Y_0-AZ_0)Z_0+\sum_{s=1}^Sp_s\delta U'(Y_s+AZ_s)Z_s=0\\
\Leftrightarrow U'(C_0)Z_0=\sum_{s=1}^Sp_s\delta U'(C_s)Z_s\\
\Leftrightarrow Z_0=\sum_{s=1}^Sp_s\frac{\delta U'(C_s)}{U'(C_0)}Z_s\\
=E\left[\frac{\delta U'(\tilde{C})}{U'(C_0)}\tilde{Z}\right] \end{split} \]
という関係が得られる。この等式は中心資産価格付公式(Central asset-pricing formula)資産価格付けの基本等式(Fundamental equation of asset pricing)呼ばれる大変重要なものである。

ここで \[ \begin{split} m_s=\frac{\delta U'({C_s})}{U'(C_0)}~\forall s \end{split} \]とおく。\( m_s\)は将来の消費から得られる限界効用と現在の消費から得られる限界効用の比であり、経済学ではこれを消費の異時点間限界代替率と呼ぶ。

\( m_s\)を用いると、中心資産価格付公式は次のように表せる。
\[ \begin{split} Z_0&=\sum_{s=1}^Sp_sm_sZ_s\\ &=E\left[\tilde{m}\tilde{Z}\right] \end{split} \]
異時点間限界代替率\( \tilde{m}\)は資産価格付理論において重要な役割を持ち、ファイナンスではこれを確率的割引ファクターとかプライシング・カーネルと呼ぶ。


状態証券価格と確率的割引ファクター(プライシング・カーネル)の関係

状態証券価格を用いた資産価格の等式 \[ \begin{split}
Z_0=\sum_{s=1}^S\pi_sZ_s \end{split} \]と、確率的割引ファクターを用いた資産価格の等式
\[ \begin{split} Z_0&=\sum_{s=1}^Sp_sm_sZ_s \end{split} \]を見比べると、各状態\( s\)に対して、以下が成り立つことがわかる。
\[ \begin{split} \pi_s&=p_sm_s\\ \Leftrightarrow \frac{ \pi_s}{ p_s}&=m_s\\ \end{split} \]
2つ目の式の左辺に着目すると、これは確率1単位当たりの状態証券価格を表している。この事実から確率的割引ファクター\( \tilde{m}\)を状態証券価格密度と呼ぶ場合もある。

リスク中立確率と確率的割引ファクター(プライシング・カーネル)の関係

リスク中立化法による資産価格公式 \[ \begin{split} Z_0&=\sum_{s=1}^S\frac{ 1}{1+r_f }q_sZ_s \\ \end{split} \]と、確率的割引ファクターを用いた資産価格の等式 \[ \begin{split} Z_0&=\sum_{s=1}^Sp_sm_sZ_s \end{split} \]を見比べると、各状態\( s\)に対して、以下が成り立つことがわかる。
\[ \begin{split} \frac{ 1}{1+r_f }q_s=p_sm_s\\ \Leftrightarrow\frac{ q_s}{p_s }=\left( 1+r_f \right)m_s \end{split} \]
一般に、2つの確率の比をラドン・ニコディム微分と呼ぶ。2つ目の式の左辺は実際の確率に関するリスク中立確率のラドン・ニコディム微分であり、これは確率的割引ファクターに\( \left( 1+r_f \right)\)を乗じたものに等しい。

一般に、ある資産価格\( X_0\)に対して、\( \left( 1+r_f \right)X_0\)を先渡価格(フォワード・プライス)と呼ぶことから、上記\( \left( 1+r_f \right)m_s\)はフォワード・プライシング・カーネルとも呼ばれる。
なお、確率的割引ファクターの実確率のもとでの期待値を計算してみると、
\[ \begin{split} E\left[ \tilde{m}\right]&=\sum_{s=1}^Sp_sm_s\\ &=\sum_{s=1}^S\pi_s\\ &=\frac{1}{1+r_f} \end{split} \]となり、安全資産の価格\( D\)に等しくなる。

まとめ

本記事では、完備市場における期待効用最大化問題の帰結として、ファイナンスの重要な概念であるリスク中立確率\( q_s\)・状態証券価格\( \pi_s\)・確率的割引ファクター(プライシング・カーネル)\( m_s\)の関係をまとめた。

それらの関係は以下のようにまとめられる。 \[ \begin{split}  \left( 1+r_f\right)\pi_s&=q_s  \\ \frac{ \pi_s}{ p_s}&=m_s\\ \frac{ q_s}{p_s }&=\left( 1+r_f \right)m_s \end{split} \]

参考文献

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