伊藤の公式を直感的に理解する(追記:ブラック・ショールズモデル)

この記事では確率解析の重要な公式である「伊藤の公式」について述べる。

伊藤の公式は確率過程の変換公式であり、日本の数学者伊藤清が創始した確率解析学の基礎となっている。

この記事では直感的な理解を目指し、数学的厳密性にはこだわらない。

目次






積分と微分形

まず、積分と微分形の対応について述べる。

通常の積分
\[ \begin{split}
X_t=x_0+\int_0^t y_s ds
\end{split} \]の両辺を\( t\)で微分すると、
\[ \begin{split}
\frac{ dX_t}{dt }=y_t
\end{split} \]が得られる。

この式の両辺に、形式的に\( dt\)を乗じると
\[ \begin{split}
dX_t=y_t dt
 \end{split} \]となる。

したがって、
\[ \begin{split}
X_t=x_0+\int_0^t y_s ds
\end{split} \]という式と
\[ \begin{split}
dX_t=y_t dt
 \end{split} \]という式は、形式的には同じ関係式であると言える。

下の式を、上の積分の微分形である、という。

確率積分についても同様に微分形で表すことが出来て、
\[ \begin{split}
X_t=x_0+\int_0^t y_s dz_s
\end{split} \]という式は
\[ \begin{split}
dX_t=y_t dz_t
 \end{split} \]と表すことができる。

この微分形の式を\( X_t\)の確率微分と呼ぶ。


伊藤過程

\[ \begin{split}
X_t=x_0+\int_0^t a_s ds +\int_0^t b_s dz_s
 \end{split} \]を伊藤過程とする。

伊藤過程とは扱いやすい被積分関数を持つ確率過程である。

この伊藤過程を微分形で書くと
\[ \begin{split}
dX_t=a_t dt +b_t dz_t
 \end{split} \]となる。

これから考えていく伊藤の公式は、この確率過程\( X_t\)の関数\(F(X_t) \)が、どのような確率過程になるかを具体的に教えてくれるものである。

別の言い方をすると、確率過程\( X_t\)を、関数\(F \)によって変換した場合に、どのような確率過程が得られるかを示すのが、伊藤の公式である。

\( F(x)\)を2次の項までテイラー展開すると
\[ \begin{split}
F(x+dx)&=F(x)+F'(x)dx+\frac{ 1}{2 }F''(x)(dx)^2\\
\Leftrightarrow dF(x)&=F'(x)dx+\frac{ 1}{2 }F''(x)(dx)^2
\end{split} \]と表せることに注意する。


伊藤のルールと伊藤の公式

以下の規則(伊藤のルール)を認める。

  • \( \left( dz_t\right)^2=dt\)
  • \( dz_tdt=0\)
  • \( dt^2=0\)

このとき、\( F(X_t)\)を微分形で表すと
\[ \begin{split}
dF(X_t)&=F'(X_t)dX_t+\frac{ 1}{2 }F''(X_t)(dX_t)^2\\
&=F'(X_t)\left( a_t dt +b_t dz_t\right)+\frac{ 1}{2 }F''(X_t)\left( a_t dt +b_t dz_t\right)^2\\
&=F'(X_t)\left( a_t dt +b_t dz_t\right)+\frac{ 1}{2 }F''(X_t)b_t ^2dt\\
&=\left(F'(X_t)a_t+\frac{ 1}{ 2} F''(X_t)b_t^2 \right)dt+F'(X_t)b_t dz_t
\end{split} \]となり、これが伊藤の公式の微分形である。

本来の積分の形で表すと、伊藤の公式
\[ \begin{split}
F(X_t)=F(x_0)+\int_0^t F'(X_s)a_s ds +\int_0^t F'(X_s)b_s dz_s+\frac{ 1}{ 2}\int_0^t F''(X_s)b_s^2 ds
\end{split} \]と表せる。


例:対数正規分布に従う株価過程(ブラック・ショールズモデル)

実際に伊藤の公式を使ってみよう。

金融工学において、株式などの危険資産の価格\( S_t\)を、以下のように表すことが多い。

\[ \begin{split}
dS_t=\mu S dt+\sigma S dz_t
\end{split} \]

両辺を形式的に\( S_t\)で割ると
\[ \begin{split}
\frac{ dS_t}{ S_t}=\mu dt+\sigma dz_t
\end{split} \]となるが、左辺は\( \frac{投資の増分}{ 投資金額}\)と解釈することができるため、これを危険資産の瞬間的な収益率と考える。

右辺は正規分布\( N(\mu dt, \sigma^2 dt)\)に従っているので、資産価格をこのような確率過程でモデル化するということは、資産価格の瞬間的収益率が正規分布に従っていることを仮定しているということである。

このようなモデル化は、金融工学において有名なブラック・ショールズモデルにも現れている。

さて、この式を変形し、「\( S_t=\)」の式に表せないかを考えてみる。

もしこの式にブラウン運動の項がないとすると、つまり
\[ \begin{split}
dS_t=\mu S_t dt
\end{split} \]であるとすると、この微分方程式は
\[ \begin{split}
\frac{ dS_t/dt}{ S_t}&=\mu  \\
\Leftrightarrow \frac{ d\ln S_t}{ dt}&=\mu\\
\Leftrightarrow \ln S_t-\ln S_0&=\mu t\\
\Leftrightarrow S_t&=S_0 e^{\mu t}
\end{split} \]として解ける。

ブラウン運動のないケースにおいて\( S_t\)の対数に変換したことに注目し、同様に、ブラウン運動を含む資産価格の確率微分方程式を解く際にも、伊藤の公式において\( F(x)=\ln x\)とすることを試してみよう。

\( F'(x)=\frac{ 1}{ x}\)、\( F''(x)=-\frac{1 }{2 }\frac{1 }{x^2 }\)に注意して、伊藤の公式を用いて\( dF(S_t)=d\ln S_t\)を計算してみると、
\[ \begin{split}
d\ln S_t&=\frac{ 1}{ S_t}dS_t-\frac{1 }{2 }\frac{1 }{S_t^2 }\left( dS_t\right)^2\\
&=\mu dt+\sigma dz_t-\frac{1 }{2 } \left( \mu dt+\sigma dz_t\right)^2\\
&=\left(\mu -\frac{1 }{2 }\sigma^2\right)dt+\sigma dz_t
\end{split} \]となる。

ここで、右辺から\( S_t\)が消えたことを確認しよう。

これで両辺を素直に積分することができる。

\( 0\)から\( t\)まで積分すれば
\[ \begin{split}
\ln S_t-\ln S_0&=\left(\mu -\frac{1 }{2 }\sigma^2\right)t+\sigma z_t\\
\Leftrightarrow \ln \left( \frac{ S_t}{S_0 }\right)&=\left(\mu -\frac{1 }{2 }\sigma^2\right)t+\sigma z_t\\
\Leftrightarrow \frac{ S_t}{S_0 }&=e^{\left(\mu -\frac{1 }{2 }\sigma^2\right)t+\sigma z_t}\\
\Leftrightarrow S_t&=S_0e^{\left(\mu -\frac{1 }{2 }\sigma^2\right)t+\sigma z_t}\\
\end{split} \]となり、資産価格の明瞭な式がわかった。

なお、この資産価格の式を見ると、指数の肩に、正規分布に従う確率変数が乗っている形をしている。

すなわち、資産価格\( S_t\)は、対数をとると正規分布に従うような確率変数となっている。

このような確率変数を対数正規分布と呼ぶ。

参考文献

[1]Pennacchi, Theory of Asset Pricing, 2007
[2]黒田, 経済リスクと確率論, 2011