【マリアヴァン解析】概要、応用、おすすめテキスト、そしてマリアヴァン解析に自信ニキ

本記事では、マリアヴァン解析の定義と応用について概略的に説明し、そしてマリアヴァン解析に関するテキストを紹介する。

本記事の目的はマリアヴァン解析の「お気持ち」を理解することである。

したがって、可能な限り数学的な記述は避け、初学者・文系読者等にも配慮している。

本書の内容は以下の書籍を参考にしているため、合わせて参照してほしい。

目次



マリアヴァン解析(Malliavin calculus、マリアバン解析)とはなにか

マリアヴァン解析(Malliavin calculus)とは、フランスの数学者Paul Malliavinによって創始された確率解析・関数解析の一分野である。

マリアヴァン解析は、旧来の変分解析学(変分法、calculus of variation)を確率過程に拡張したものとみなすことが出来ることから、変分確率解析学(stochastic calculus of variation)とも呼ばれる。

マリアヴァン解析はウィーナー空間(Winer space)と呼ばれる関数の集合における微積分学の一種である。

ウィーナー空間はブラウン運動(ウィーナー過程)と呼ばれるランダムな動きをする関数が作る集合であり、無限次元空間という特殊な対象であるため、通常の微積分学は構築できず、関数の種々の性質を調べるのが容易でない。

しかしP. マリアヴァンは、ウィーナー空間にマリアヴァン微分と呼ばれる演算を取り入れることで、無限次元空間上の微積分学、すなわちマリアヴァン解析を確立し、新たな解析学の分野を築いた。

マリアヴァン微分はブラウン運動(ウィーナー過程)の軌道から計算される積分(伊藤積分、確率積分)をウィーナー過程の汎関数とみなし、ウィーナー過程のある一点における微小変化の影響を示すものである。

汎関数とは、関数を与えたときに関数を返すような規則である。確率積分\( \int_0^\infty h(t)dB_t\)はウィーナー過程を時間\( t\)の関数とみた\( B_t\)を決めることで、確率積分が関数として定まることから、ウィーナー過程の汎関数となる。

マリアヴァン解析は当初、「ヘルマンダーの条件(Hörmander's condition)」と呼ばれる偏微分方程式に関する性質を証明するために導入され、確率微分方程式の解の確率密度関数の存在や滑らかさに関する定理につながっていき、その後、無限次元確率解析としてその裾野を広げていった。

マリアヴァン解析は、確率積分・確率微分方程式を考察対象とする伊藤解析(Ito calculus)とともに、現代においては確率解析の重要な一分野になっており、数理ファイナンスに応用されるなど、実社会への応用にも注目されている。


マリアヴァン微分(Malliavin derivative operator)

マリアヴァン解析では、マリアヴァン微分という新しい微分概念が基本となる。

マリアヴァン微分は、ウィーナー空間上の汎関数に対する微分作用素であり、ウィーナー過程(ブラウン運動)のある一点における微小変化が、確率積分の関数にどう影響するのかを見るものである。

以下、若干の数学的説明を与える(1次元の場合を考えるが、多次元に拡張可能)。

ウィーナー汎関数

\( B=(B_t)_{t\geq0}\)を確率空間\( \left( \Omega,\mathscr{F},P\right)\)上のブラウン運動とし、\( \mathscr{F}\)は\( B\)から生成される\( \sigma-\)集合族とする。

\( H=L^2\left( \mathbb{R}_+\right)\)とおき、任意の\(h\in H \)に対して、確率積分
\[ \begin{split}
B(h)=\int_0^\infty h(t)dB_t
\end{split} \]を考える。

\( H\)はヒルベルト空間になっており、マリアヴァン微分を定義するのに重要な役割を果たす。

集合\( \mathscr{S}\)として、以下のような形をした確率変数\( F\)の集合を考える。
\[ \begin{split}
F=f\left( B(h)\right)=f\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)
\end{split} \]ただし\( f\)は\(\mathbb{R}^n \)上で無限回微分可能で、その偏微分係数とともにたかだか多項式増大であるものであり、また\( h\in H\)である。

マリアヴァン微分(微分作用素)

定義(マリアヴァン微分)
\( F\in\mathscr{S}\)であるとき、\( F\)のマリアヴァン微分\( DF\)を
\[ \begin{split}
D_tF=\frac{\partial f }{ \partial x}\left( B(h)\right)h(t)
\end{split} \]で定義する。このときは、\( DF\)は\( H-\)値確率変数となる。

マリアヴァン微分作用素\( D\)は、微分作用素
\[ \begin{split}
\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}
\end{split} \]と考えるとイメージ湧きやすい。

実際、形式な計算により、
\[ \begin{split}
\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}F&=\frac{ d}{ d\left( dB(t)\right)}f\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\\
&=f'\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\\
&=f'\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\\
&~~~~\times\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}\left( h(0)dB_0+h(\Delta t)dB_{\Delta t}+\cdots+h(t)dB_t+\cdots\right)\\
&=f'\left( B(h)\right)h(t)
 \end{split} \]となり、マリアヴァン微分の定義と一致する。

マリアヴァン微分によって、ウィーナー空間上で微積分学を展開することができるようになる。

マリアヴァン微分とその双対概念であるスコロホッド積分に関しては、以下の記事に詳しく述べられている。
【マリアヴァン解析】マリアヴァン微分、スコロホッド積分、両者の随伴性(双対性)



マリアヴァン解析で何が出来るのか

確率密度関数の存在と滑らかさの証明

マリアヴァン解析は確率微分方程式と関係が深い。

それは、確率微分方程式の解には確率積分=ウィーナー過程の汎関数が現れ、マリアヴァン解析がウィーナー過程の汎関数に関する微積分学であることからも想像がつくだろう。

マリアヴァン解析は、確率微分方程式の解を考えるとき、その確率密度関数の存在と滑らかさに関する情報を提供してくれる。

したがって、ある確率変数の時間的変動が確率微分方程式として与えられていたときに、ある時点における当該確率変数の分布などを調べるのに、マリアヴァン解析が用いられる。

複雑な確率変数の確率密度関数は扱いづらいことも多々あるため、その近似を求めることがあるが、そのような場合にもマリアヴァン解析が用いられる。

ウィーナー・カオス展開(Wiener Chaos expansion)による確率変数の近似

マリアヴァン解析は、確率変数それ自体の近似にも用いられる。

マリアヴァン解析によって、適当な条件を満たす確率変数は、多重確率積分の級数として表す方法が知られている。

これをウィーナー・カオス展開(Wiener Chaos expansion、ウィーナー・伊藤カオス展開とも)と呼ぶ。

ウィーナー・カオス展開は確率変数の近似式を提供するものであり、数理ファイナンスにおける金融商品の価格評価などに応用されている。

スコロホッド積分(Skorohod integral)、オルンシュタイン・ウーレンベック半群(Ornstein-Uhlenbeck semigroup)と部分積分の公式

マリアヴァン微分はウィーナー空間上の微分作用素であるが、「対」になる概念と組み合わせることによって、多様な性質を導くことができる。

マリアヴァン微分作用素の随伴作用素に当たるのが、スコロホッド積分(Skorohod integral、発散作用素divergence)である。

マリアヴァン微分とその双対概念であるスコロホッド積分に関しては、以下の記事に詳しく述べられている。
【マリアヴァン解析】マリアヴァン微分、スコロホッド積分、両者の随伴性(双対性)

また、ウィーナー・カオス展開に対するオルンシュタイン・ウーレンベック半群(Ornstein-Uhlenbeck semigroup)と呼ばれる作用素を考えることで、応用上重要な部分積分の公式を導くことができる。

部分積分の公式は確率変数の正規近似(Normal approximation)において重要な役割を果たす。

表現定理とクラーク・オコンの公式(Clark-Ocone formula)

確率解析では、適当な条件を満たす確率変数が確率積分を用いて表される定理が知られている。

条件によって、これを積分表現定理(Integral representation theorem)マルチンゲール表現定理(Martingale representation theorem)という。
\[ \begin{split}
F=E[F]+\int_0^Tu_tdB_t
 \end{split} \]
表現定理は確率変数を確率積分で表現するものであるが、確率積分の被積分関数\( u_t\)の具体的な形に関してはなんら述べておらず、あくまでその「存在」のみを保証しているに過ぎない。

しかし、マリアヴァン解析のツールを用いることで、「存在」のみが示されていた確率積分の被積分関数を、具体的に知ることができる。

クラーク・オコンの公式(Clark-Ocone formula)は、表現定理における確率積分の被積分関数\( u_t\)が、マリアヴァン微分の条件付期待値\(E\left[ D_tF|\mathscr{F}_t\right] \)で書けることを主張している。
\[ \begin{split}
F=E[F]+\int_0^TE\left[ D_tF|\mathscr{F}_t\right]dB_t
 \end{split} \]
この公式により、確率変数を具体的に扱うことが容易になるのである。


マリアヴァン解析と数理ファイナンス

マリアヴァン解析の主要な応用分野の一つが、数理ファイナンスである。

数理ファイナンスとは、金融に関する事象を数理的に扱う確率解析の一分野であるとともに、投資や資産運用、リスク管理と行った金融実務に方針を与える実学の側面を持つ。

数理ファイナンスにおけるマリアヴァン解析の応用は、概観する限り3分野ある。

マリアヴァン微分、スコロホッド積分を用いたリスク感応度計算

数理ファイナンスでは金融派生商品(デリバティブ)の価格決定が一大トピックである。

株式や金利といった金融指標はウィーナー過程を用いて表現され、これらに依存して価値が決まる金融派生商品は、一般にウィーナー過程の汎関数として表されるため、その解析にはマリアヴァン解析が用いられる。

マリアヴァン微分、スコロホッド積分を用いた解析により、金融派生商品の値動きに関する詳細な情報を知ることができる。

株価が変動したときに金融派生商品の価格をどう管理すればよいのか、金利が変化したときの資産全体への影響をどう測定すればよいのか、などといった問題に答えを提供してくれる。

漸近展開による擬似解析解の計算

金融派生商品の評価に関しては、その公正な価値がいくらかを正確に速く知りたい、というのが金融実務における強い欲求である。

従来、簡単なモデルでは価格を計算する公式が知られていたし、多少複雑なシチュエーションでも、乱数を用いたシミュレーション(モンテカルロ法)による計算は可能ではあった。

しかし、昨今の金融実務の複雑化・高度化により、価格を正確にかつ速く知りたいという要請は強まっている。

マリアヴァン解析は確率密度関数の近似やウィーナー・カオス展開など確率変数の近似を通じて、金融派生商品の価格評価を近似的に行うツールを提供している。

表現定理とクラーク・オコンの公式によるヘッジ問題

金融派生商品のリスクを、適切な資産の売買によって低減・相殺することを、ヘッジと呼ぶ。

何を・いつ・いくらで売買すればリスクをヘッジできるかという問題(ヘッジ問題)は金融実務において極めて重要であり、数理的には表現定理における確率積分の被積分関数が、その具体的戦略を教えてくれる。

しかしながら、前述の通り表現定理は簡単なケースを除き、被積分関数が明示的に得られず、ヘッジ問題を明快に扱うには困難を伴う。

ところが、マリアヴァン解析とクラーク・オコンの公式により、被積分関数はマリアヴァン微分を用いて具体的に計算できるようになるので、ヘッジ問題も具体的に取り扱うことが可能となる。


マリアヴァン解析の応用的トピック

本節ではマリアヴァン解析の応用論点について簡単に述べる。

カオティック中心極限定理(Chaotic Central Limit Theorem)、非中心極限定理(Noncentral Limit Theorem)

多重確率積分としてのウィーナー・カオス展開は、ある種の極限において正規分布に従い、これをカオティック中心極限定理(Chaotic Central Limit Theorem)と呼ぶ。

また、ある種の確率変数の密度が正規分布の密度関数の混合(mixture)に収束する非中心極限定理(Noncentral Limit Theorem)も、マリアヴァン解析を用いて証明される。

非整数ブラウン運動(fractional Brownian motion、フラクショナル・ブラウン運動)

非整数ブラウン運動はブラウン運動の一種の拡張であり、自己相似性や長期依存といった性質を持つ。

マリアヴァン解析は非整数ブラウン運動に関しても展開される。

レヴィ過程(Lévy process)、ジャンプ過程

レヴィ過程はウィーナー過程を含む確率過程のクラスであり、軌跡にジャンプがあるようなケースを含む。

伊藤の公式、表現定理などはレヴィ過程を対象とするように拡張されており、それに伴ってマリアヴァン解析もレヴィ過程に対して適用できる。

ウィーナー・カオス展開クラーク・オコンの公式も、ジャンプを含むレヴィ過程に拡張される。


マリアヴァン解析に関する本・教科書・テキスト・論文など

マリアヴァン解析の入門書として強く勧めるのが、Nualartの"Introduction to Malliavin Calculus"である。この本は確率解析の復習から始め、マリアヴァン解析の基礎から、先に述べた応用的トピックまでを簡潔にまとめた本であり、文体も平易なため、マリアヴァン解析の最初の一冊として適している。

マリアヴァン解析に関する日本語の書籍は多くないものの、

確率解析と関数解析の基礎知識がある人には、谷口"確率解析"を読むと深い理解が得られる。ウィーナー空間の導入、確率積分の種々の性質、確率微分方程式の解とその密度の滑らかさの問題、ヘルマンダー条件、ソボレフ空間論としてのマリアヴァン解析の導入、など、マリアヴァン解析の基礎的事項を厳密に追うことができる。

"確率論ハンドブック"は確率解析の祖・伊藤清が監修を務めた、確率論に関する古典から最新の話題を網羅する情報量の多いテキストであり、マリアヴァン解析に関してもその概略が述べられている。確率論の幅広いトピックを網羅しているため、確率論専攻の学生のみでなく、応用を目的に勉強する人にも一読を勧めたい。

数理ファイナンスにおけるマリアヴァン解析の適用事例を日本語で述べている文献として、マリアヴァン解析と漸近展開を体系的に論じた国友・高橋"数理ファイナンスの基礎―マリアバン解析と漸近展開の応用" が類書なく価値あるものである。数理ファイナンスはマリアヴァン解析の応用分野として重要なものの一つであり、それを日本語で読めるのはありがたい。

このほか、日本語で書かれたマリアヴァン解析として重川"確率解析"があるが、数学科の大学院生でも相当の訓練が必要な伝説的書籍と言われている。腕に覚えのある学生はチャレンジしてもらいたい。


マリアヴァン解析の概略・歴史・基本概念の説明は英語版Wikipedia "Malliavin calculus"がシンプルに纏まっている。

マリアヴァン微分とその双対概念であるスコロホッド積分に関しては、以下の記事に詳しく述べられている。
【マリアヴァン解析】マリアヴァン微分、スコロホッド積分、両者の随伴性(双対性)

日本語で書かれたマリアヴァン解析・無限次元解析の意義と歴史については、信州大学理学部乙部准教授の"無限次元現象の解明を目指して"を読むといいだろう。

本記事より数学的に踏み込んだ内容で、さほど厳密すぎないマリアヴァン解析の解説としては、MINAMI Akihiko氏のサイトが勉強になる。

マリアヴァン微分の具体的な計算方法については、上村"計算ファイナンス (2013 年度)(pdf)"が基本的であるほか、quantro"マリアバン微分トレーニング"に例が多く、参照することでマリアヴァン微分の考え方と実際に計算する力がつく。

ウィーナー・カオス展開を用いた金融商品の評価については、舟橋"カオス展開法を用いた金融派生証券の価格付け(pdf)"が詳しい。

マリアヴァン解析の基本的事項と数理ファイナンス(特にGreeksの計算)については、入江"マリアバン解析と数理ファイナンス(pdf)"、今村他"マリアバン解析を用いたオプションのリスク指標の数値計算について(pdf)"が参考になる。

応用的トピックで紹介したレヴィ過程に対するマリアヴァン解析において必要となるポアソン空間における議論は、石川"ジャンプ型確率過程とその応用講義ノート2014, 琉球大学(pdf)"を読むと良いだろう。

マリアヴァン解析に関する最先端のトピックを追うには、科学研究費助成事業データベースでキーワード検索してみるのがよい。


「マリアヴァン解析に自信ニキ」とは誰か

マリアヴァン解析について検索すると、関連ワードに「マリアヴァン解析に自信ニキ」なるワードが出てくる。

「〜ニキ」とは「〜アニキ(兄貴)」の省略形で、頼りになるような人を「○○ニキ」と呼ぶ

マリアヴァン解析に自信ニキ」はその名の通り「マリアヴァン解析に自信のある頼れるアニキ」のことであり、マリアヴァン解析に深く通じている人物のことを指すと思われる。

web検索をする限りにおいては、「マリアヴァン解析に自信ニキ」は2015年のある数学科の学生のツイッターでの発言が初出のようであり、
マリアヴァン解析に自信ニキになりたい
という趣旨の内容である。

この「マリアヴァン解析に自信ニキ」が特定の人物を指すのかは定かではないが、マリアヴァン解析を深く理解できる人物像としてのある種の「概念」となっており、一部数学徒の間で話題になっている。