対数正規分布の和、幾何ブラウン運動の和、リスク資産ポートフォリオ



対数正規分布に従う確率変数の和の分布は、対数正規分布になるとは限らない(再生性がない)。

一方、幾何ブラウン運動に従う確率過程は、時点を1つ固定したときの確率変数の分布が対数正規分布となるが、幾何ブラウン運動に従う確率過程の和の確率過程は、幾何ブラウン運動に類する形で表せる。

本記事では上記内容を示す。

ファイナンスにおいては、リスク資産の価格過程を幾何ブラウン運動と仮定することが多いため、ポートフォリオは幾何ブラウン運動の和と考えることが出来る。




対数正規分布の和、非再生性

対数正規分布に従う確率変数の和の分布は、対数正規分布に従わない。

同じ分布族に属する複数の確率変数の和の分布が、再びその分布族に属するとき、再生性をもつ、という。

たとえば、独立な確率変数X1X1X2がそれぞれ正規分布N(μ1,σ21)N(μ2,σ22)に従うとき、2つの確率変数の和X1+X2は正規分布N(μ1+μ2,σ21+σ22)に従うので、「正規分布は再生性をもつ」という。

対数正規分布は、再生性をもたない。以下ではそれを簡単に説明する。

ある確率変数が対数正規分布に従うとき、その確率変数の対数として定まる確率変数は、正規分布に従う。

つまり、確率変数Y1が対数正規分布に従うとき、その対数log(Y1)は正規分布にしたがう。

独立な確率変数Y1Y2がそれぞれ対数正規分布に従い、それらの対数log(Y1)log(Y2)がそれぞれ正規分布N(μ1,σ21)N(μ2,σ22)に従うとする。

このとき、Y1Y2の和は、はたして対数正規分布に従うだろうか?

log(Y1)log(Y2)はそれぞれ正規分布N(μ1,σ21)N(μ2,σ22)に従うので、それらの和log(Y1)+log(Y2)は再生性により、正規分布N(μ1+μ2,σ21+σ22)に従う。

よって、elog(Y1)+log(Y2)は対数正規分布に従うことがわかる。

一方、
Y1+Y2=elog(Y1+Y2)elog(Y1)+log(Y2)であるから、Y1+Y2は必ずしも対数正規分布に従うとは限らず、よって対数正規分布は(和に関して)再生性を持たない。

ただし、
Y1Y2=elog(Y1Y2)=elog(Y1)+log(Y2)であり、log(Y1Y2)=log(Y1)+log(Y2)であって、右辺は正規分布に従っているので、log(Y1Y2)は正規分布にしたがい、定義からY1Y2は対数正規分布に従う。

よって、対数正規分布に従う確率変数の積は、対数正規分布に従う(積について再生性をもつ)。




幾何ブラウン運動の和

確率過程{St}が幾何ブラウン運動に従うとは、標準ブラウン運動をdztとしてdSt=μSdt+σSdztと表せることをいう。

伊藤の公式を用いた計算により、St=S0e(μ12σ2)t+σztと表せる。

対数をとるとlog(St)=log(S0)+(μ12σ2)t+σztであり、ztは正規分布に従うことから、Stは対数正規分布に従うことがわかる。

つまり、幾何ブラウン運動に従う確率過程は、時点を1つ固定したときの確率変数の分布が対数正規分布となる。

前述の通り、対数正規分布に従う確率変数の和の分布は、対数正規分布にならない。

しかし、幾何ブラウン運動に従う確率過程の和は、幾何ブラウン運動に類する形で書ける。以下ではこれを説明する。

確率過程{S1,t}{S2,t}が、幾何ブラウン運動dS1,t=μ1S1,tdt+σ1S1,tdztdS2,t=μ2S2,tdt+σ2S2,tdztに従うとする。

また、これらの和として定義される確率過程をWt=S1,t+S2,tとする。
Wt=S1,t+S2,t=S1,0e(μ112σ21)t+σ1zt+S2,0e(μ212σ22)t+σ2ztと表せるので、これらのWtの各種偏微分 Wtt=S1,t(μ112σ21)+S2,t(μ212σ22)Wtzt=S1,tσ1+S2,tσ22Wtz2t=S1,tσ21+S2,tσ22に注意すると、伊藤の公式より
dWt={S1,t(μ112σ21)+S2,t(μ212σ22)}dt  +{S1,tσ1+S2,tσ2}dzt  +12{S1,tσ21+S2,tσ22}(dzt)2=(S1,tμ1+S2,tμ2)dt+(S1,tσ1+S2,tσ2)dzt=dS1,t+dS2,tとなる。さらに計算を続けると、
dWt=dS1,t+dS2,t=S1,tdS1,tS1,t+S2,tdS2,tS2,t={S1,tS1,t+S2,tdS1,tS1,t+S2,tS1,t+S2,tdS2,tS2,t}(S1,t+S2,t)=(ω1,tdS1,tS1,t+ω2,tdS2,tS2,t)Wt=(ω1,tμ1+ω2,tμ2)Wtdt+(ω1,tσ1+ω2,tσ2)Wtdztとなる。ただしωi,t=Si,tS1,t+S2,t,i=1,2は時点tにおけるWtに対するSi,tの比率をあらわす。

この結果から、Wtは幾何ブラウン運動に類する形で表せることがわかる。

よって、幾何ブラウン運動に従う確率過程の和の確率過程は、幾何ブラウン運動に類する形で表せることがわかった。

追記

(一般化された)ブラウン運動Xt=μt+σWtについて、係数μσがそれぞれtXtに依存する場合には、ブラウン運動(ウィーナー過程)とは呼ばず、拡散過程と呼ぶ。

また、係数μσtのほか、他の確率変数に依存する(本記事でωi,tSi,tに依存する)場合には、もはや拡散過程とも呼べない。

記事中のWtは瞬間的な収益率dWt/Wtが時間とウィナー過程の微小変化に関して線形の形をとっているものの、時間と確率変数に依存するドリフト、ボラティリティを持つため、幾何ブラウン運動や幾何拡散過程とは呼べない。

そこで本記事ではこれを「幾何ブラウン運動に類する形」と表現している。

なお、ウィーナー過程を始めとする基本的な確率過程と拡散過程、それらの性質、ファイナンスを含む応用例については、下記書籍に詳しい。




リスク資産のポートフォリオ

ブラック・ショールズモデルのように、ファイナンスではリスク資産の価格過程として幾何ブラウン運動を仮定することが多い。

したがって、リスク資産のポートフォリオの価値は、幾何ブラウン運動の和として表現される。

前述の通り、幾何ブラウン運動の和は再び幾何ブラウン運動に従うので、リスク資産のポートフォリオの価値過程は幾何ブラウン運動に類する形となる。

マートンのポートフォリオ問題と呼ばれる、最適なポートフォリオを見つけるための確率制御問題は、リスク資産の価格過程が幾何ブラウン運動に従うことが非常に重要となる。

詳細は、参考文献の1冊目のテキストを参照のこと。

参考文献







2 件のコメント :

  1. ¥mu_{i,t}が確定的関数だとしても、w_{i,t}は分布を持つので、W_tが幾何ブラウン運動になるとは言い切れないのではないでしょうか

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  2. ご指摘ありがとうございます、その通りです。
    \omega_{i,t}はS_{i,t}に依存しているため、幾何ブラウン運動ではありません。本記事ではこれを「幾何ブラウン運動に類する形」という表現に改めました。

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